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原石を焼く(窯内部1000℃)

///中脇修身の   ようこそ///

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【下に短編動画(二行のみYTよりリンク・1分前後】

01原石を焼く1:20 02石は粉末に1:08 03袋詰め・完成1:27 04水切瓦・美観1:15 05水切瓦の評価1:4506手磨き1:06 07稲わらのスサ1:11 08壁の下地3:25

09壁かき職人1:15 10わらび縄1:45 11壁の現場7:00 12連携7:00 13蔵の壁下地6:4514職 職人の研究1:38  15大工の力学2:0816手を残す2:0817存在をかけて10:00

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大工職人



光る壁



土佐漆喰(西内石灰)



壁かき職人(木舞竹)



漆喰を臼でつく



物づくりの手心


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土佐漆喰は製造と施工の各職人により高い評価をうけてきました

ホームページ もくじ(下記データ修正中です)

1

150土佐漆喰歴史

11
301・壁の下地 (フェルト・メタルラス)

2
200施工技法

12
302・木舞竹こまいだけ・木舞縄こまいなわ
3 201・土佐漆喰の建築物

13
303・土の荒壁
4 202・製法・窯の形状・石焼・袋詰

14
304水切瓦2・技法
5 203・壁施工・職人の勘の技

15
305・壁仕上の技法
6 204水切瓦1・図面添付

16
306・木舞職人・黒岩みよ子
7 205・鏝絵・妻飾り

17
700・詳細わらび縄1
8 206・土蔵(蔵)左官の腕前

18
500土佐漆喰解説
9 207・漆喰破風(入母屋)

29
501・左官棟梁
10 300土佐漆喰工程

20
502・施工時期を選ぶ施主

21
503・水切瓦・海鼠壁

31
512・壁土・左官の手元

22
504・土蔵・明治4年の竹が青い

32
513・押入に土佐漆喰

23
505・石を焼く

33
514・ハンダ仕上

24
506-1スサの発酵

34
515・鏝絵・懸魚

25
506-2ミキサ−がけ

35
516・光る壁・手みがき

26
507・土佐漆喰の完成

36
517・壁厚の詳細寸法

27
508・木舞竹の作成【こまいだけ】

37
518・水切瓦のデザイン

28
509・木舞縄【・・・【こまいなわ】

38
600HP制作者

29
510・ワラビ縄2 【わらびなわ】

39

30
511・木舞とラス板

40
400周辺できごと

41
吉良川の土蔵工程

48
1700・工 程

42
1100・土蔵記録の概要

49
1800・左官・岩之助の決断

43
1200・工事予算の配分

50
1900・技の報酬

44
1300・顔役竹中半四郎

51
2000・技の主役

45
1400・工事金の支払

52
2100・施主の選んだ長

46
1500・施主の現場管理

53
2200・土蔵のデザイン

47
1600・計画と施主と左官

54
2300・おわりに

55
いっぽんの杉

60
204・原木市場

56
200・伐 採

61
205・製 材

57
201・さくどう

62
206・工 作

58
202・盤 台【ばんだい】

63
207・たてまえ

59
203・玉 切

64
高知大工職人

69
204・瓦 葺

65
200・水盛遣方

70
205・入母屋

66
201・基 礎

71
206・造 作

67
202・軸組工作

72
207・完 成

68
203・建 前

73
香川左官職人

78
204・工具と壁面の表情

74
200・地域に生きる地域の匠

79
205・闇夜の時期に伐採・木舞竹

75
201・古建築・最近の空間・壁

80
206・壁の仕上げと技の数

76
202・塗り壁の準備

81
207・いろいろ・わだい

77
203・荒壁と中塗

82
K00・

83
香南市文化財

88

84
吉良川の建築と職人

89

85

90

86

91

87

92



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1000度余りで石灰石を焼成・土中窯
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鏝技法の継承

 こんにちの現場における工作技法は、職人の知恵の集積と考えてよく、場合によっては、親子2代にわたっての工夫(研究)が、一定の思いに達したという話も聞いたことがあります。工夫が評価されるまでには、結果を見届ける期間が求められます。左官職人が技法に新たな価値を加えるためには、継続した仕事確保と職人を理解できる施主の存在が必要です。

 工事期間や手間(予算)が縮小され、年間の稼働日数も減少したこんにち、職人本来の「向上のための工夫」は厳しい時代になってきました。各職域の総合的な手間の流れを考えると、工場生産を重視した現場の手仕事削減が多く、技を競うといった工夫(研究)とは異なった、与えられた条件の中での工夫が求められています。

 予算や手間を縮小すれば、仕事の質は僅かであっても低下させなくてはならず、これは職人にとっては残念な事です。仕事が減少すれば、職人たちは後継者の育成という余力が低下します。土佐漆喰現場の多くは、壁施工における価値を高める事が難しいか時代になってきました。

 土佐漆喰の仕上げは、梅雨の時期が最適とされています。鏝で抑えた壁の水分が、優しく消える(乾燥)からです。1年を通じての温度の湿度の違いや、風の日や雨の日における違いに対し、職人は微妙な工夫をしています。大工職人が木の癖を相手に、部材の居場所や継手(つぎて)や仕口(しくち)の工作法を考えるように、土佐漆喰も原石やスサや塩や燃料等、製造工程での状況(情報)を知っておく事が必要です。昭和の終わり頃の現場でも、塩を加えたり袋に入った土佐漆喰を臼に入れ、杵(きね)でついたりする事がありました。これは施主の指示で行ったり、左官の判断でした。

 壁完成に至る工程には、石灰岩を焼く窯の性能と灰焼き職人の経験に基づく臨機応変な知恵が求められます。石炭と塩の質が変われば土佐漆喰の「性格」つまり「癖」も変わってきます。更に、スコップで振りかける手加減にも変化が求められます。同時進行で「稲藁(いなわら)のスサ」も担当の職人が作っており、藁の選別やローラがけや切断(切込)、水掛の時期や量や室(むろ)から室への「立替」(移動)、湿度・温度の管理を行い、発酵させるという作業が行われます。壁素材・土佐漆喰としての条件は、稲藁の発酵したスサが混入されている事です。

 練り場ではミキサーにより、石灰とスサが目分量で配合し練り合わされ、土佐漆喰の条件が整う事になります。約20s程度に袋詰めすると建材店や現場に搬送されます。
 一連の工程を考えると、技法は誰かが代表して評価されるものではなく、各持ち場で受持つ多くの職人の経験と知恵が、施主や現場から選ばれ信頼と美観や耐久性の高い壁が完成さている事になります。土佐漆器は各部署の人々の努力の積み重ねが、地域から評価され選ばれてきたものであると言えます。

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袋で5年以上・スサは生きている


 左官職人が土佐漆喰を購入後、一定の期間『寝かす』ことが多い。職人によって数ヶ月から半年と言われるのだが、中には3年も『寝かす』職人もいます。3年という期間を聞いて、スサの繊維が溶けると、その期間を否定する職人もいますが、異なった現場で施工を受け持つ職人の経験は、それぞれ貴重な「知識や技能」で今後の仕事の中で、個々の職人が明らかにしていくことが必要でしょう。

 寝かす理由はスサが石灰と馴染む(熟成)という事です。筆者は土佐漆喰の寝かす事を試すため、二重袋で外部の日陰に置いたが忘れていました。8年間放置した結果は、上の写真のように、スサは生きていました。

 特別な場所に置いたわけではなく、車庫の外部(日陰)に雨ざらしにしで、地面と接した部分の袋は少し破れていました。(もしかしたら数年後に、外袋を新たにしたかもしれない)石灰と稲藁のスサの関係は、場所の条件によっては、不思議な力を持っているのかも知れません。壁に関連した耐久性能については、壁下地の竹木舞や木舞縄についてもHPの中で解説をします。


  
  



寝かした土佐漆喰(実験ではなく忘れていた物)


 土佐漆喰を扱う職人は、それぞれ自分流の考えを持っています。独自の考え方(作風)が、どのような条件の中で、他の考えとどう違うのかを明確に持っています。例えば土佐漆喰を『寝かす』という一例をとっても、その考え方が様々でした。

なぜ多くあるのかと言えば、各職人が、これまでの実践に基づいて組み立てているため、動きや流れや全てにおける速度・力・間合いなど、仕事のリズムが微妙に異なり、その人の型にあった「作風」が完成してくるのです。
 そのため一人前の職人は、他人の作風を否定することはしません。




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水切瓦各部名称と壁工程


 壁工程の中で例えば一つの塗り壁おいて、工程の次の工程迄の作業はどの程度の時間(又は期間)かと聞けば、作業内容によっても異なるが時間で示す職人もいれば、指で押して「アトがつかない程度」という言葉もありました。

 アトがつかないとは曖昧な点もあるのだが、筆者がこれまでの取材で一番納得のゆく表現で、特に職人に対しては幅広く通用する言葉であるように受け取りました。
 現場は常に条件が異なり、厳密には同じ判断で通用する工程など存在しないからです。雨の日風の日、温度湿度・季節の違い、さらに建物の東西南北・山や川や樹木など、周辺の環境の違いもあります。いつも同じ現場の職人(見習も含め)であれは、「アトがつかない程度」とは・・・仕事の中に応用できる言葉です。
 
 仕事として日々繰り返す技法は、指先の力加減は経験の中で感じる時が何時か来るはずです。失敗も経験しながら、徐々に腕前を育て高めるのがその道の職人「プロ」です。聞かれた職人が時間で答えなかったのは、常に現場の条件は変わるものであることを示しているのです。一言で出来る物造りなど存在せず、それから後(のち)に「うん」と感じ、なるほどと気が付く納得するのが職人の「腕前」と言うものと考えます。




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壁下地・明治の竹が青い
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 上の写真から、明治4年に建築された竹木舞が青い事に驚く、昔の素材調達(伐採)の時期と下地になる迄の保管・土壁との最適な条件で共生できたのでしょう。老人に昔の伐採時期を聞くと、山の竹の育っている場の植物の変化で判断するという。それは暦の時期ではなく、現場の植物の時期で決めると言う事でした。

 同じ山でも麓と中間と峠付近では伐採の時期が違うという事で、更に期間の中でも闇夜の時期が害虫の活動が少ないため・・・特に土蔵などは100年の耐久性能を重視して建築されました。施主も施工者も建築に当たり最適の条件を満たして、工事を進めたのです。

 蔵と言っても、民家のようにその程度は幅広く、100年の計画とは建物の用途によって異なることは言うまでもありません。県下には現に200年を越える蔵が現存しています。


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スサになるワラ

醗酵したスサ



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藁を室(むろ)に切込む

スサに放水・踏みしめる


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ベンガラ仕上壁

石灰岩採掘現場


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窯に原石投入

煙の状態で温度を管理


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外壁仕上直後・徐々に白くなる

はんだ仕上・土と土佐漆喰

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木炭の粉を混ぜた壁表面

松煙内部仕上・100年程の経過

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土佐漆喰の現場・左官職人

土佐漆喰の現場・壁に水切瓦
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伝統・鏝技法継承

技法は先人の知恵の集積
誰かが代表するものではなく、日々鏝を持つ
多くの職人がいて
土佐漆喰も鏝技法も継承こんにちがある
仲間の連携が地域で評価された
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土佐漆喰が産声をあげると
練場で熟練の職人が見守る・・・湿度・温度・水分
色合
長い柄の鍬で漆喰を均す
・・・ミキサー石灰とスサを混練
茶色のスサが溶け込み
純白の石灰が淡黄色に変わる
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土佐漆喰は7m余りの窯で焼く・温度1000℃程
窯の機嫌で土佐漆喰の壁仕上を左右する

投入から4日余り・窯から取り出した原石
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原石の形が崩れる(水をかけ数分後)
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原石投入石炭工業塩混入
4日間高温焼成
毎日一定量取出しその日のうちに入れる
稲藁
スサ(むろ)で発酵 石スサ溶合
壁素材・土佐漆喰誕生する



土佐漆喰

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土佐漆喰は職人の知恵・

 土佐漆喰は誰が考案したのか、いまだ定かではありません。製造業者であれば記録が残っているはずです。地域の職人が密かに研究したのか何かのきっかけで開発されたものか、探る資料が残っていません。こんにちまで、優れた壁素材の始めが不明である事が、職人たちが「壁を造る」「塗る」という、実践的な研究を重ねた証であるようにも思えてきます。

 令和の時代にも、職人が土佐漆喰を買い込んで自分の倉庫で数ヶ月寝かせ、品質を高め壁の仕上程度を高めています。製造元や建材店でなく左官職人が「寝かす」ことにも、職人たちの土佐漆喰を育てる意欲・姿勢がみえてきます。

 『顔がうつる壁』鏡面仕上げなど土佐漆喰は、左官職人の研究がなければただの壁であったのかも知れません。国宝級の壁に使用される程の評価を受けるには、現場に立つ職人の「工夫」があったはずです。

 そうした先人の研究の積み重ねから、土佐漆喰の技法や耐久性や美観を完成させたのでないのかと考えられます。左官職人は現場で工具を持ち、与えられた条件の中で求められる物を造る人で、材質についても鏝に伝わる粘りや滑らかさ(粒度)等、違い分かる人で灰焼き職人など、担当者と話し合い(昭和の頃)をしており、昭和の頃はスサや塩を工場で購入していました。


・スサの色が残る白・

 原石は徳利状の窯に投入され、工業塩を混入し石炭で焼成されます。他県が海藻などノリを使用する事に対して藁(わら)スサを使用します。土佐漆喰は、使用場所や左官職人の技法内容によって、単価(予算)や施工程度は異なってきます。瓦の下地や倉庫の壁、押入(おしいれ)の壁・水切瓦(みずきりがわら)や破風(はふ)や妻(つま)の格子、和室・洋間の壁等その用途は広範です。

 施工領域が広範の土佐漆喰は、大きな「癖」を持っています。その「癖」は自然現象と深く関わり、左官職人は温度・湿度・雨・風の度合いを相手に鏝(こて)の技を仕掛けていくことになります。施工に当たり、「壁表面を指で押してアトが付かない程度おく」・・・このような独自の基準中で、次の工程時期を決断して仕事を進めます。

 それらは数値的な計測を超越した、経験による職人の勘(かん)の技と言えるものです。例えば大工職人が、チョウナを丸木に打ち込み、魚の鱗のような形を残した化粧としての技法があります。それも「勘」における技法です。「勘」は、その時の現場の流れの中で瞬間に身体が感じるものであるため、言葉にして説明のつかない物が含まれているのです。

こうした工程を積み上げて、鏡面(きょうめん)仕上げ『光る壁』は完成します。白い壁と言われる土佐漆喰の壁表面は純白ではなく、製造工程で混入される藁(わら)スサの影響から、淡黄色(クリーム色)が残ります。元は石と稲藁が壁素材になり、壁の程度の中に人の姿が移る極上の鏝技があることも、土佐の自慢になる事です。


・日本一と評される壁・

 目に優しく素朴な風合いと評され、「赤ちゃんのお尻」のような感触があります。きめ細かく、少々冷たさを感じさせるが、奥底に温かい血流のようなものを感じ取れます。人々は土佐漆喰を評して「日本一の壁素材」と言う言葉も聞くことがあります。日本一といわれる壁完成には、伝統工法を継承した左官職人の知恵と技が不可欠です。

 高知県には多くの土蔵が現存します。それらは、明治から大正にかけて建築された物が多く、当時施主たちは百年の計画を持って建築したと言われています。土蔵は用途や機能に加え、蔵を持つことによって地域での存在を高めるという役目ももっていました。
 職人たちはそうした施主の思いを受けて、耐久性能と美観を重視して持てる技を打ち込んできました。壁の磨きには鏝の技と共に、雲母や手ごすりや椿の若葉等を用いて、表面仕上を行っていた事等を聞いています。それらは、求める施主が居たから造ることができました。施主は現場の監督のように厳しかったのですが、技に生きる者として腕前を示す「機会」を与えられた良き時代でもありました。


・製法と壁工法の情報発信・

 このHPは昭和からこんにちまで、その道一筋に打ち込みながら現場を語る事の少なかった職人の知恵と技と、明治から昭和に建築された土佐漆喰の建築物を取り上げて解説をしています。
 筆者は昭和46年から県東部に移り、建築現場の調査・取材を行ってきました。取材に応じて頂いた職人は、現場経験に「自分流」の工夫を加え、土佐漆喰の仕上げ程度「美観や雨仕舞」を高めてきました。現場の今を取材の対象としてこだわったのは、現場に立ち工具を持ち、壁を造る職人である事でした。古建築当時の現場取材のためには、現役を退いた元職人の皆さんにも取材をさせて頂きました。

 また石灰岩を窯で焼き、塩をふりかけ石炭で焼く人、「灰焼き職人」やスサの発酵や練り場・袋詰めの各工程と仕事内容と「腕前」について、写真や映像の撮影を行っています。撮影データは動画編集を行っています。(一部HP・トップページに1分〜3分程度でリンクしています)

 使用している写真には不鮮明な物が多いが、昭和終わり頃のVHSビデオから、静止画として取り出したものです。HPは平成8年頃から制作してきたもので、建築職人や土佐漆喰に関心のある方に役立てばと情報発信をしてきました。
昭和30年代からの取材に、現場関係者の皆様に協力を頂きました。

・技を育てた施主の存在・

 昔、住宅の平面計画に田の字型とトンボ型があり、間取りを考える基本とされていました。時代の流れや生活様式が変わり、住まいの型は変化をしてきたが、地域によって壁を土佐漆喰で造るという外壁への思いは今も根強く残っています。町並みに行くと、日本瓦に土佐漆喰の壁と水切瓦の民家が現存しています。特に水切瓦については、ふる里の象徴と聞きました。

 土佐漆喰は左官職人が技法を高めてきたのだが、左官職人の高い技法や土佐漆喰をより確かな素材にしてきた要因の中には、職人を信頼して必要要求を受け入れた、地域の施主であったともいえます。施主は職人の腕前を示す現場を与えたのです。

 土佐漆喰の伝統技法が継承されているのは、土佐漆喰を求める施主がいるからであると考えなくてはなりません。土佐漆喰を語るなら、施主たちの存在を見逃してはならないと思っています。

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